世界のパワースポット、旅、ナチュラルライフ、田舎暮らしなどなど

Kyoko&Cherrin's Blog

長野の自然を旅する

日本人の洗脳を解く! スニーカーでも高山は登れます

更新日:

前回の記事のつづきです。

それにしても、日本は山の中にまでルールがあるんだね。

チェリンは窮屈そうに、そう言いました。

ヒマラヤと日本は確かに環境の違いはあるでしょう。

しかし、それを差し引いて考えても、日本人は不必要なものを抱えすぎているように思えます。

ちょっと大げさすぎやしないか?日本の登山の装備。

というのは、ここ数年思っていることです。

 

本当にこれは必要なものなのか?

必要だと思い込まされているだけではないのか?

そう思いながら、他の登山者を見ながら、ここ数年、山をスニーカーやサンダルで歩いてきました。

 

そう思い始めたのにはきっかけがあります。

それは、私が初めてのヒマラヤへチェリンを訪ねて行ったときのこと。

世界第3位の山、カンチェンジュンガが目の前に見えるというチェリンの実家。

そんな高山に行くのですから、私は相当な準備がいると思い、登山靴を日本から用意していきました。

しかし、その靴をヒマラヤで履くことは一度もありませんでした。
だって、誰も履いていないし、サンダルで事足りるのですから。

わざわざ、重くて、暑苦しい登山靴を履く必要性が一ミリもなかったのです。

インド、ネパールのヒマラヤの人々は、4000mくらいまでの山なら、裸足やサンダルで、走り回っています。

私も、チェリンと一緒に近所を歩いたり、チャリティー活動のためにインドやネパールのヒマラヤ地帯を歩くときは、全てサンダルで問題ありませんでした。

どんなに酷い悪路で、崖みたいな所を登ったり降りたりしたときもです。

こんな経験をした後に思うのは、

逆に、サンダルの方が滑りにくい上に軽いため、よっぽど登山靴より優秀ではないかとすら思うのです。

 

今回の上高地の出来事のあと、チェリンはこう話していました。

登山には、スタミナがいる。

1グラムでも重い靴を履いていれば、それだけスタミナは奪われる。

6000m以上の山を登るなら、その時は、凍傷を避けるための靴や手袋がいるだろうけど、

そこまでじゃないのに、重装備は必要ない。

重い靴を履くことで、余計に体力を消耗し、さらに色んなものが必要になる。

軽装であれば本来必要でなかったものが、重装備になることで必要になってくる。

そうやってループにはまっていくんだ。それは罠だよ。

 

そこで私が、そうね、本当は、必要ないのに必要だと思わせられている、ある種の洗脳みたいなものね、メーカーの。登山するには、これがいるよ、あれがいるよ、と言って不必要なものまで買わされているのかも。

それか、代々こうしてきたのだから、そうしなきゃと、何も疑問を持たず、続けているのかもね。

でも日本の山と、ヒマラヤの山は違うと言われたら何と答える?

と聞くと、

 

僕はいつもこの格好で山を登っています。僕にはこれが快適なんです。

あなたは、あなたの快適な格好をしてください。僕は、僕にとっての快適な格好をします…と答えるかな。

 

 

私達は、"ミニマリスト登山家"という言葉を出してはみたものの、

やっぱり、こういうネーミングを使うと、また"ミニマリスト"という概念に縛られてしまうよね、という結論に至りました。

 

例えば、

本当は私はこうしたい、実はこう感じているけど、ミニマリストだから、こうしなくちゃ

という風に、自分の軸よりも、ミニマリストという枠に、自分を合わせてしまうことになるからです。

ミニマリストも、ブームになって、概念だけが独り歩きし、おかしな方向に進んでしまわないよう、気をつけたいですね。

 

山を歩くのは、日本では今のところ、登山用の服を着て、登山靴を履き、ザックに色んなものを詰めて、重いものを抱えながら行く人々が大半で、

私達のような軽装、もしくは手ぶらで高山に行く人は少ないですが、

もしかしたら、私達が、軽装スニーカーでもいいし、小さなバッグに水や最低限の物だけ行く登山をもっとこの世に広めたとしたら、

将来は、こちらの方がむしろ主流になっていくかもしれません。

そして、それも何か、"ミニマリスト"と同じようにネーミングが生まれ、やがて、ブームになり、ファッションになるのかもしれません。

そんな未来が来るかもしれないね、なんて半ば冗談のように言いながら、私達は歩いていました。

 

ヒマラヤでチェリンの田舎の素朴な生活を見て以来、

日本人がかかっている洗脳に気がつくようになりました。

それは、チェリンと一緒に日本で生活することで、よりハッキリと見えてきました。

それはチェリンが、なぜ?と素朴な疑問を投げかけるからです。

なぜオーガニックなのに、こんなに期限がもつの? とか、

骨なしチキンってどういうこと?とか、

私達が、普段、当たり前になりすぎて、疑問を持たず、無意識に通り過ぎてしまう日常に疑問を投げかけてくれるからです。

私もチェリンに会わず、ヒマラヤに行かなかったら、きっと今も登山用品店でしっかり、あらゆるグッズを買い揃えて、登山靴に、登山ウェアを着て、重いものを担ぎながら山を登っていることでしょう。疑問も持たずに。こういうものなのだという思い込みと共に。

 

今、長野県にいるのですが、アウトドアや登山の専門家としての仕事のオファーがありました。

それをすることになるかどうか分かりませんが、もしすることになったら、チェリンは、まず登山靴をやめてスニーカー変えることから教えると、言っています(笑)

 

まあそれは冗談で・・・

登山靴が必要かどうかは人それぞれです。

 

問題は、「本当に必要なのかどうか」を自分で考えて、判断することができるかということ。

みんながそうしているから、そういうものだから、権威ある人からそうしないといけないと言われたから、ではなくて。

 

自分で経験して、判断して、「必要」と思えば使えばいいし、

経験してみて、いらないと思えば、使わなければいいし、

ただ単に闇雲に、自分で考えることなく、その他大勢に従う傾向に、私たちは危惧しているのです。

 

にほんブログ村 ライフスタイルブログ ナチュラルライフへ

カテゴリー

-長野の自然を旅する
-, , , ,

Copyright© Kyoko&Cherrin's Blog , 2018 All Rights Reserved.