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歌のレッスンを通じてヨガを深める まとめ

歌のレッスンを通じてヨガを深める まとめ

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以前、ダラムサラで、インドクラシックボーカルの歌のレッスンに参加した時の体験談を1ページにまとめました。

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ダライラマの拠点であるダラムサラにやってきました。 以前の記事でもお話しした、歌の先生が今こちらにいらっしゃるので、そのためにやってきました。 学んでいるのは、インドのクラシックで、カヤルというものです。

着いた初日からレッスンを始めて、毎日2レッスンずつ受けていましたが、ボーカルトレーニングとは予想外に疲れるもので、今は1レッスンのみです。 レッスンが終わると、とても眠くなり、毎日、よく寝ています。

外から見ると、あれこれ、いろんなことをやっているなと思われるかもしれませんが、 私にとっては、これもヨガのプラクティス(スピリチュアルプラクティス)のひとつです。

実際、歌のレッスンを受けていて、ヨガとの共通点を見出すことが度々あり、嬉しくなります。 どの分野でも、エッセンスは同じように感じます。 ですから、歌のレッスンへの取り組み方、レッスンの中で生じる壁、それにどう対処していくかなど、自分自身を観察していると、自分がヨガの中で向かっている道筋があっているかどうか、違った方向に進んでいないかどうかの確認作業をしている感じです。

1つ例をあげると、

レッスンの中で、自分の声の音域の限界がわかりますが、それを無理に高い声を出そうと力まないことはとても大事だと教わりました。 もし無理やり声を出そうとして続け、声帯を痛めてしまい、それ以来、もう元に戻らなくなってしまった人もいるのだとか。

これは、ヨガのアーサナでも同じで、これ以上体が曲がらないのに、無理に曲げようとして、体を壊してしまうことがあります。そして、長期間か、一生元に戻らない怪我をしてしまうこともあります。

歌の先生は、「今の心地よい範囲で練習を続けなさい。そしたら、必ず、自然と次の音階が出せるようになる時がきますよ。来週かもしれないし、来月かもしれない、時期はいつかとは約束できないけどね。

無理に歌おうとしないこと。 自分の声域で心地よくいること。 どの声域でなければいけないということはないの。 あなたの声域が、あなたにとっての本質なの。 男性は男性の低く力強い声の美しさがある。 女性は女性の繊細な声の美しさがある」

「自分の本質(Nature)に満足する(be confortable)ことが大切だってことですね!ヨガと全く同じだわ!

そして、あなた(先生)の本質は愛ですね!」 そこには、愛、真理に触れた時の至福の感覚があふれていました。 先生と、そばにいた先生の旦那さん(タブラの先生)と一緒にその喜びを味わいました。

その後、実際、先生のおっしゃった通り、特に高い声を練習していたわけではないのに、 自然と高い声域も出るようになっていました。

自然体で

リラックスして

今の自分の状態に満足してプラクティスを続けていく

そうしていけば、自然と「高み」に到達する

何と、美しい真理ではないですか!

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歌のレッスンにやってくる方の中に、オペラをされていた方が数人いらっしゃいます。

先生がおっしゃるには、オペラでは、自分の声でない声を生み出すのだとか。

それで、「本当の自分の声に戻りたい」という理由で、インドのクラッシック・ボーカルを習いにこられるのだそうです。

なんでも、一度、オペラで身につけてしまった、自然でない声を、本来の自分の声に戻すのは、本当に苦労することなのだとか。

これは、とても興味深い、真理につながる話しだと思いました。

私たちは、自然体に戻るためにヨガをしています。

大人になるにつれて、また社会に適応するために身につけてしまった不自然さから、自然な状態に自分を戻すために。

先生はおっしゃいました。 「あなたは、初めて歌を習うから、地声で歌っているでしょう?だから、あなたは彼女たちより苦労しなくてすむのよ」

「へ~、経験者の方が、私のような全くの初心者より苦労しないかと思ったら、初心者でまっさらだからこそ、いいってこともあるんですね」

一度ついてしまった癖をとるのは難しい。

自分で苦労して身につけてしまった癖だけど、やっぱり、最後は本来の自分に戻りたいと思うものかもしれない、とオペラ経験者の彼女たちのことを思っていました。

ヨガを通じて自然体の自分に戻るのと同じように 彼女たちもまた、インドのクラシックボーカルを通じて、自然体の自分の声に戻ろうとしているのですね。 ここでもまた、インドのクラシックボーカルとヨガの共通点を見出したのでした。

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インド・クラシックボーカルのレッスンの中で、ヨガに通じるところは、他にもいろいろあります。

例えば、チャクラを開くこと。 西洋音楽では、ドレミファソラシドですが、 インド音楽は、サレガマパダニサです。

このひとつひとつの音が、第1チャクラから第8チャクラまで対応しているのです。

とても興味深いでしょう? 例えば、「サ」の音は、第1チャクラ、ムーラダーラを刺激します。

基礎練習は、ただ音だしと見なしてやっている時は、単純な反復運動のような感じで、長くやっていると、つまらなくなり、飽きてしまうかもしれませんが、

サレガマを、チャクラに対応しているとイメージしながら、練習をしていくと、ヨガのプラクティスをやっているのと全く同じになります。 サレガマをする度に、自分を閉じ込めている枠に気づき、それが開かれ、限界の枠が押し広げられていくのです。

これは、ヨガのプラクティスに置いても言えることで、ヨガをただの身体的な運動としてやっているうちは、いつか飽きがきて、やめてしまいたくなってしまうのです。(ヨガインストラクター通信講座のテキストの最初にも書いています)

先生がおっしゃるには、歌の練習が、チャクラに対応してスピリチュアルな向上の手助けになるのは、インドのクラシック音楽だけなのだそうです。 ジャズも、ロックも、ポップスも、その要素はない、と。

最初に、エジプト人女性のJさんが、この同じ先生からインドクラシックのボーカルを学んで、 とても魂が自由になった姿を見ていて、 歌を学ぶことは、必ず自分のスピリチュアルプラクティスに大きなヘルプになることは直感的にわかっていました。 先生とのレッスンの中で、それは強い確信に変わっていっています。

こうして歌をプラクティスしていると、自分のいろんな面での弱点がよく見えてきます。

ヨガだけでは、気づきにくかったことも、別の側面から見せてもらえている感じで、相乗効果が起きています。

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今日はとても美しいことに遭遇したので、ワクワクしながら、皆さんとシェアしたいと思います。

先週、ボーカルの先生とお仲間によるライブがあり、行ってきました。

本当に瞑想的で、みんな別次元に連れて行かれるような、それはそれは素敵なライブだったんです。

特に、フルート(バンスリ)が、瞑想的で・・・ 後日、ボーカルの先生に聞くと、バンスリの先生は、毎日3時間ほど、部屋で瞑想されていることがわかりました。

ライブには、レコーダーを持っていって、録音し、その後、部屋でもよく聞いていました。

そして、今日、先生たちの手作りの晩御飯をごちそうになりに行ってきたのですが、 その時、ライブを録音したものを、スピーカーでかけたんです。

何も説明なしで。

最初は、バンスリだけの独奏でした。 ボーカルの先生は、すぐに、「ああ、H先生のバンスリね」と気がつきました。

ボーカルの先生と、いろんな話をしていると、何も事情を知らないバンスリのH先生が、部屋に入ってきました。

H先生は、私とスピーカーの前に、茫然と立ち、「これは、誰が演奏しているの?」と聞いてきました。

自分の演奏なのに、それに全く気が付いていないようなのです!

それに気付いた私の心の中で、いたずらっこが、はしゃぎ始めました。

「え?知らないんですか?彼は、インドでもトップの素晴らしいフルート奏者ですよ」 と私は言いました。

H先生は、じっと座って、難しい顔をして、演奏を聴き入っていました。

「一体、誰がこんな演奏をできるんだ?」 と言った表情で。

私は聞きました「このプレーヤーの演奏、どうですか?好きですか?」 H先生は、無言でうなづきました。

H先生が気づかないところで、ボーカルの先生が、私に「H先生、まだ気付いてないの?」 といたずらっこな顔で、サインを出してきました。

「気付いてないみたい」と私もサイン。

後から、ボーカルの先生の旦那さん、タブラ奏者が入ってきました。

ボーカルの先生は、こっそり、旦那さんに耳打ちしていました。

きっと、「H先生、自分の演奏だって気付いてないから、黙ってて」と言っていたのでしょう。

かなり時間がたってから、ボーカルの先生が、H先生に「誰が演奏してるの?」と聞きました。

もうその頃には、H先生は気づいていたようです。 気付いたのがいつだったのか、私にはわからなかったのですが。

私は、H先生に聞きました。 「このフルート奏者に、焼きもちを焼きませんでしたか?」

ほとんど無口で、滅多に笑顔を見せない、シリアスなH先生が、微笑んで、静かにうなづきました。

ボーカルの先生は、「なんで?」と聞いてきました。

私は、「人は、時々、自分がどんなに美しいかに気づかないことがあります。 自分の美しさを自分だと気づかずに、焼きもちを焼いてしまうってことがあるんですよ。 例えば、自分の顔を見たことがない人が、初めて鏡にうつった自分を見て嫉妬してしまうみたいにね」 と言いました。

H先生が、自分の演奏だと気づかずに聞いていた時の表情は、まさにそうだったんです。

「こんな演奏をできるのは誰なんだ」と。

「なんて美しいんだ」と圧倒されていると同時に、少し悔しいような表情。

私は、心の中が、ワクワク、ドキドキしてたまりませんでした。

今、嫉妬している奏者が、本当は自分だって気付いたら、どう感じるんだろう!と。

私たちは、誰かを見て、その人の持つ、美しさや才能に嫉妬をする時があります。

しかし、実は、それは自分自身の反映にすぎないんです。

嫉妬している相手は、自分なんですね。

自分がどんなに美しいか知らずに、自分にはその美しさはないと思い込んで、自分が反映されたものに嫉妬してしまう。

これは、本当に真理ですよね。

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